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東京地方裁判所 平成3年(ワ)6813号 判決 1994年7月25日

主文

一  被告らは、連帯して、原告に対し、九〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

被告らは、連帯して、原告に対し、一億六〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(一部請求)

第二  事案の概要

一  前提事実

1(一)  被告株式会社杉坂建築事務所(以下「被告杉坂建築事務所」という。)は不動産売買の仲介、建築の請負等を業とする会社であり、被告本位田望(以下「被告本位田」という。)はその代表取締役である。(争いがない)

(二)  被告ケーディエス株式会社(以下「被告ケーディエス」という。)は不動産の売買、その仲介等を業とする会社であり、被告臼井栄一(以下「被告臼井」という。)はその代表取締役であつた。(争いがない)

2  原告は、被告杉坂建築事務所の仲介により、昭和六二年九月二五日、被告ケーディエスから、別紙物件目録一及び二記載の土地(以下「本件土地」という。)並びにその土地上に存する同目録三及び四記載の建物を、代金合計二億四〇〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という。)、被告ケーディエスに対し代金二億四〇〇〇万円を支払い、また、被告杉坂建築事務所に対し仲介手数料七二〇万円を支払つた。(争いがない)

3(一)  原告が被告ケーディエスから買い受けた本件土地の範囲は別紙図面の黒斜線部分(以下「本件斜線部分」という。)であり、別紙図面の赤色部分(以下「本件赤色部分」という。)はこれに含まれておらず(争いがない)、本件赤色部分は、東京都目黒区中町一丁目九六八番四三宅地六・一五平方メートル(以下、これを「本件九六八番四三の土地」という。)の一部であつて、山本勝美の所有するものであつた。

(二)  本件土地は幅(間口)一・二三メートルで公道に接しているが、本件赤色部分と一体としてみれば、その公道に接する幅(間口)は一・八三メートルとなる。しかし、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても、別紙図面のA~B間の幅(以下、「本件路地状部分の最狭部分」という。)は約一・五七メートルないし約一・六五メートルにすぎなかつた。

4(一)  なお、建築基準法上、建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないとされているが、その建築物の周囲に広い空地がある場合などの安全上支障がないときはこの限りでないとされており(同法四三条一項)、東京都では、一・八メートル以上の接道があればおおむね接道義務は充たしているものとしているようであるが、それ以下の幅で接道する場合に建築確認処分がなされ得るかは明らかでない。

(二)  また、敷地がいわゆる路地状部分のみによつて道路に接する場合には、本件昭和六二年九月当時、その路地状部分の長さが一〇メートル以下のとき、敷地の用途が住宅であるとして、その路地状部分の幅員は二メートル以上必要であるとされていたが、ただし、「建築物の配置、用途及び構造により安全上支障がない場合は、この限りでない」とされており(東京都建築安全条例三条)、東京都では、右ただし書の規定によつて前同様一・八メートルの幅員まで可としているようであるが、それ以下の幅員で可とするか否かは明らかでない。

二  原告の主張

1  被告本位田及び被告杉坂建築事務所の責任

しかるに、

(一) 被告本位田は、その注意義務に違反して、原告に対し、<1>本件土地の範囲は本件斜線部分と本件赤色部分とであり、したがつてその公道に接する幅(間口)は一・八三メートルである、<2>本件路地状部分の最狭部分も一・八メートルである、<3>したがつて、本件土地上に建物を適法に建築することは可能であり容易である、旨の虚偽の説明をし、本件土地に本件赤色部分が含まれておらず、したがつて本件土地の公道に接する幅(間口)が一・二三メートルであること、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分が約一・五七メートルないし約一・六五メートルにしかすぎないこと、したがつて本件土地上に建物を適法に建築することは著しく困難であること、を原告に告知せず、原告をして右<1>ないし<3>のとおり誤信させた。

(二)(1) 被告杉坂建築事務所は、仲介人として、本件土地の範囲、本件路地状部分の最狭部分等を十分に調査してその真実を原告に告げるべき注意義務があつたのに、これを怠つた。

(2) 仮に然らずとするも、被告杉坂建築事務所は、民法四四条、商法二六一条、七八条により原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

2  被告臼井及び被告ケーディエスの責任

(一) 被告臼井は、その注意義務に違反して、原告に対し、<1>本件土地に本件赤色部分が含まれておらず、したがつて本件土地の公道に接する幅(間口)が一・二三メートルであること、<2>本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分が約一・五七メートルないし約一・六五メートルにしかすぎないこと、<3>したがつて本件土地上に適法に建物を建築することは著しく困難であること、を原告に告知しなかつた。

(二)(1) 被告ケーディエスは、売主として、本件土地の範囲、本件路地状部分の最狭部分等を十分に調査してその真実を原告に告げるべき注意義務があつたのに、これを怠つた。

(2) 仮に然らずとするも、被告ケーディエスは、民法四四条、商法二六一条、七八条により原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

(3) 仮に然らずとするも、被告ケーディエスは、民法五六三条により原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 本件土地の公道に接する幅(間口)が一・二三メートルであること、仮に本件九六八番四三の土地を建築確認申請において敷地とし得るとしても本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分は約一・五七メートルないし約一・六五メートルにしかすぎないこと、したがつて本件土地上に適法に建物を建築することは著しく困難であること、これらにより、本件土地の価格は多くとも八〇〇〇万円を超えるものではない。

(二) したがつて、原告の損害は、前記売買代金二億四〇〇〇万円から右八〇〇〇万円を控除した一億六〇〇〇万円とこれに前記仲介手数料七二〇万円を加えた合計一億六七二〇万円となる。

三  被告本位田及び被告杉坂建築事務所の主張

1  被告本位田が、原告に対し、本件土地の範囲が本件斜線部分と本件赤色部分とであり、したがつてその公道に接する幅(間口)が一・八三メートルであること、本件路地状部分の最狭部分が一・八メートルであること、本件土地上に適法に建物を建築することが可能であること、を告げたことは認めるが、被告本位田は、被告臼井からそのように説明を受けていたのであり、被告ケーディエスから交付された図面にもそのように記載されていたのであつて、被告本位田に過失はない。被告ケーディエスは、ことさら、本件土地に本件赤色部分が含まれていないことを隠していたのである。

2  原告は、本件土地の所有者として本件赤色部分の通行地役権を有しているから、原告に損害はない。

3  仮に然らずとするも、本件土地上には現に原告の所有にかかる二階建建物が適法に建築されており、原告に損害はない。

また、本件土地と本件九六八番四三の土地とは客観的に一団の土地を構成しており、これらを申請敷地とすれば、将来本件土地上に適法に建物を建築することは可能である。

四  被告臼井及び被告ケーディエスの主張

1  被告ケーディエスは、本件売買契約締結前に、仲介人である被告杉坂建築事務所に対し、公図や地積測量図を渡しており、それには本件土地に本件赤色部分が含まれていないことが明瞭に記載されており、また、本件土地に本件赤色部分が含まれていないことは十分口頭で説明していたのであつて、被告臼井及び被告ケーディエスに責任はない。

被告臼井及び被告ケーディエスとしては、仲介人である被告杉坂建築事務所が当然原告に対して本件土地に本件赤色部分が含まれていないこと等を説明していると思つていたのであり、被告臼井及び被告ケーディエスに過失はない。

2  原告は、本件土地の所有者として本件赤色部分の通行地役権を有しているから、原告に損害はない。

3  仮に然らずとするも、本件土地上には現に原告の所有にかかる二階建建物が適法に建築されており、原告に損害はない。

また、将来においても、本件土地と本件九六八番四三の土地とを一団の敷地として建築確認申請をすれば、建築確認処分はなされるのであつて、本件土地上に建物を適法に建築することは可能であり、原告に損害はない。

五  原告の再主張

1  たしかに本件土地上に原告方建物が新築されていることは認めるが、しかし、その建築確認申請における申請敷地は本件土地と本件九六八番四三の土地とであつて、もし本件赤色部分の現況が通路でなくなつた場合には、その時点から原告方建物は違法建築となるのであり、以後の建替えも不可能となるのである。近時、本件九六八番四三の土地の所有者である山本勝美は、本件赤色部分上に植木鉢やポリバケツ等を置いているのである。

2  原告が本件赤色部分に対して通行地役権を有することはない。その通行権すら確保されていない。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1(一)  別紙物件目録一記載の土地はもと志賀英二及び志賀節子が所有しており、別紙物件目録二記載の土地はもと阿部信一が所有していた。

(二)(1) 志賀英二及び阿部信一は、別紙物件目録一及び二記載の土地(以下、これらをまとめて「本件土地」または「本件売買対象地」という。)上に長屋二戸を新築する計画をたて、昭和六二年七月六日、大山建築設計事務所を代理人として建築確認申請を行ない(以下、これを「志賀らの建築確認申請」という。)、目黒区建築主事は、同年七月一七日、右建築計画が建築関係規定に適合する旨の建築確認処分を行なつた。

(2) 右志賀らの建築確認申請書に記載された敷地は本件土地のみであり、その申請敷地には本件九六八番四三の土地は記載されていなかつた。

したがつて、右建築確認申請書に添付された案内図及び配置図からは、本件土地の範囲として本件赤色部分が含まれるように読み取れるものであり、右配置図には、その公道に接する部分として一・八三メートルの、本件路地状部分の最狭部分として一・八メートルの各記載があつた。

2(一)  ところで、志賀英二らは、右長屋二戸の新築計画を進める一方で、かねてから本件土地を被告ケーディエスに売却する話を進めており、昭和六二年五月二一日、被告ケーディエスに対し、本件土地についての測量図をファックスで送信した。

右測量図には、本件土地と本件九六八番四三の土地の記載があり、本件土地の範囲として本件斜線部分が、本件九六八番四三の土地の一部として本件赤色部分がそれぞれ図示してあり、また、同図面には、本件土地の接道部分として一・二二メートルの、本件路地状部分の最狭部分として一・五六七メートルの各記載があつた。

(二)  被告ケーディエスは、その後、前記志賀らの建築確認申請書、それに対する確認通知書、それらに添付された前記案内図及び配置図の各写等を受け取つた。

(三)  志賀英二らは、本件土地上に建物を新築することを取り止め、これを被告ケーディエスに売却することとし、昭和六二年七月二三日ころ、志賀英二及び志賀節子は別紙物件目録一記載の土地とその地上建物である別紙物件目録三記載の建物を、阿部信一は別紙物件目録二記載の土地とその地上建物である別紙物件目録四記載の建物を、それぞれ被告ケーディエスに売り渡した。代金額は、後に、前者につき合計一億三〇〇一万三〇〇〇円、後者につき合計五九一一万四〇〇〇円と合意された。

(四)  被告臼井は、右各売買契約締結の当時、本件土地に本件赤色部分が含まれておらず、したがつて本件土地の接道部分は約一・二メートルであること、しかし本件土地と本件赤色部分とを一体としてみれば、その接道部分は約一・八メートルとなること、しかしそれでもなお本件路地状部分の最狭部分は約一・五七メートルにしかすぎないこと、を知つており、ただ、前記のとおり、志賀らの建築確認申請に対して建築確認処分がおりていたこと等から、本件土地のみを申請敷地とすれば本件土地上に建物を適法に建てることはほとんど不可能であるが、本件土地と本件九六八番四三の土地とを一体として申請敷地とすれば本件土地上に建物を適法に建築することは可能であろうと考えていた。

(五)  被告ケーディエスは、本件土地を購入するにつき、志賀英二らに本件土地の地積測量図の作成と境界に関する隣地所有者の立合承認印を要求しており、志賀英二らはこれを大山建築設計事務所に依頼していたが、昭和六二年八月上旬にその地積測量図(別紙図面はその写である。)が完成したことから、同月下旬、その写を被告ケーディエスに交付した。

右地積測量図には、本件土地に本件赤色部分が含まれていないものであること、本件土地の接道部分は一・二三メートルであることが明瞭に図示されており、また、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみれば、その接道部分は約一・八メートルであるが、しかし本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分は一・八メートルに満たないものであることが容易に読み取れるものであつた。

3  原告は、自己が西麻布に所有していた土地の売却を被告杉坂建築事務所に依頼し、そのため、転居先の土地の取得についてその仲介を同被告に依頼した。

4(一)  被告杉坂建築事務所の代表者である被告本位田は、昭和六二年七月初めころ、知人の紹介で知り合つた被告臼井に対し、適当な土地を紹介してくれるよう依頼し、被告臼井は、本件土地を被告本位田に紹介した。その際、被告臼井は、前記志賀らの建築確認申請書並びにそれに添付された前記案内図及び配置図の各写等を見せるなどした。

(二)  被告ケーディエスは、昭和六二年八月四日ころ、被告本位田に対し、前記志賀らの建築確認申請に対して確認処分がなされた旨を伝え、その確認通知書やそれに添付された前記案内図及び配置図の各写等を交付した。

被告本位田は、右確認通知書に敷地として本件土地の記載しかなく、また、右案内図及び配置図には本件九六八番四三の土地の記載が全くなかつたため、本件土地(本件売買対象地)の範囲は本件斜線部分と本件赤色部分とであり、その接道部分の長さは一・八三メートルであり、本件路地状部分の最狭部分は一・八メートルであると誤信するに至つた。

(三)  被告ケーディエスの社員大井義夫は、そのころ、被告杉坂建築事務所の社員北畠雅彦に対して、本件土地の登記簿謄本や公図の各写等を交付した。

右公図からは、本件土地に本件赤色部分が含まれないものであることは容易に読み取れるものであつたが、被告本位田はこれを看過した。

(四)  前記大井義夫は、昭和六二年八月下旬ころ、前記地積測量図の写を前記北畠雅彦に交付した。

右地積測量図には、前記のとおり、本件土地に本件赤色部分が含まれないものであり、本件土地の接道部分は一・二三メートルであることが明瞭に図示されており、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分は一・八メートルに満たないものであることがたやすく読み取れるものであつたが、被告本位田はこれを看過した。

5(一)  被告本位田は、本件土地(本件売買対象地)の範囲が本件斜線部分と本件赤色部分とであり、本件路地状部分の最狭部分も一・八メートルであるとの誤信のもとに、原告及びその夫大和和延に対して、前記志賀らの建築確認申請に対する建築確認通知書や案内図及び配置図の各写等を交付し、本件土地が売りに出されている旨、代金は二億四〇〇〇万円程度である旨、そして、本件土地の範囲は本件斜線部分と本件赤色部分とであり、その公道に接する幅(間口)は一・八三メートルであること、本件路地状部分の最狭部分も一・八メートルであること、右志賀らの建築確認申請に対して建築確認処分がなされていて本件土地上に建物を適法に建てることが可能である旨、等を説明した。

(二)  原告及び前記大和和延は、被告本位田の右説明を信じ、被告本位田に案内されて現地を見るなどした上、本件土地(本件売買対象地)が本件斜線部分と本件赤色部分とであり、それ故にその接道部分は一・八三メートルであること、本件路地状部分の最狭部分は一・八メートルであること、本件土地上に自宅建物を適法に建てることは可能であり容易である、と考えて、本件土地を購入することを決定し、その旨を被告本位田に伝えた。

6(一)  昭和六二年九月二五日、買主側として原告と前記大和和延、売主側として被告臼井と前記大井義夫、仲介人側として被告本位田と被告杉坂建築事務所の社員で宅地建物取引主任者である西川豊和が集まつて、本件土地についての不動産売買契約が作成され、代金二億四〇〇〇万円で本件売買契約が結ばれた。

(二)  その際、被告杉坂建築事務所が作成した重要事項説明書が原告に手渡され、その内容について前記西川豊和から口頭で説明があつたが、右重要事項説明書には「敷地等と道路との関係」欄になんら記載がなく、図面も添付されておらず、右西川豊和もなんら説明をしなかつた。

(三)  また、右売買契約締結の際、被告臼井は、前記のとおり、先に公図や地積測量図の各写等を被告杉坂建築事務所に交付していたことから、原告に対しては、被告本位田または被告杉坂建築事務所から、本件土地に本件赤色部分が含まれていないこと、したがつて本件土地の公道に接する幅(間口)は一・二三メートルであること、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分が約一・五七メートルないし約一・六五メートルにすぎないこと、等は既に説明されているものと考え、原告に対しては、自らは右の事実を説明しなかつた。

(四)  こうして、原告は本件土地(本件売買対象地)の範囲が本件斜線部分と本件赤色部分とであり、したがつてその公道に接する幅(間口)が一・八三メートルであること、本件路地状部分の最狭部分も一・八メートルであること、本件土地上に自宅建物を適法に建築することは可能であり容易であること、との誤信のもとに、本件売買契約を結んだものであつた。

(五)  原告は、本件売買契約締結時に手付金として二四〇〇万円を、昭和六二年九月二六日に六八九〇万円を、同年九月二八日に九九一〇万円を、同年一〇月一〇日までに一九七〇万円を、同年一〇月末日までに二八三〇万円を、それぞれ支払つた。

(六)  また、原告は、被告杉坂建築事務所に対して、仲介料として、右売買代金額の三パーセントにあたる七二〇万円を支払つた。

7(一)  原告は、本件土地上の原告方建物の建築を代金三八一〇万円で被告ケーディエスに請け負わせ、被告ケーディエスはこれを被告杉坂建築事務所に請け負わせた。

(二)  被告杉坂建築事務所は、原告の代理人として、昭和六二年一二月五日、建築すべき原告方二階建建物の敷地として本件土地と本件九六八番四三の土地とを記載した建築確認申請書を提出し、目黒区建築主事はこれについて建築確認処分をした。

なお、右建築確認申請書に添付された配置図には、本件路地状部分の最狭部分として、なお一・八メートルと記載されている。

(三)  昭和六三年四月、原告方木造スレート葺二階建居宅一棟が新築完成し、原告は現在この建物に住んでいる。

8  被告ケーディエスと被告杉坂建築事務所は、原告に対し二〇〇万円の支払いによる和解を申し出たが、原告はこれを拒否した。

9  現在、本件九六八番四三の土地の所有者である山本勝美は、原告が本件赤色部分を通行することを明示的には拒否していないものの、その通行を認める文書の作成交付には応ぜず、また、その所有権を原告に有償譲渡する意思も現在ではなく、近時は右部分に植木鉢等を置くなどしている。

以上の事実が認められる。

二  判断

1  右認定の事実を前提として、被告らの責任につき、検討する。

(一) 被告本位田及び被告杉坂建築事務所の責任

(1) 仲介人被告杉坂建築事務所の代表取締役である被告本位田は、仲介人被告杉坂建築事務所の担当者として、原告に本件土地の説明をなすにあたり、信義誠実を旨とし、予め本件土地の範囲やその接道状況等について十分に調査し、本件土地に本件赤色部分が含まれていないこと、したがつて本件土地の公道に接する幅(間口)は一・二三メートルであること、本件土地と本件赤色部分とを一体としてみても本件路地状部分の最狭部分は約一・五七メートルないし約一・六五メートルにすぎないこと、したがつて、本件土地のみを申請敷地とした場合はもちろんのこと、本件土地と本件九六八番四三の土地とを申請敷地としたとしても本件土地上に適法に建物を建てることはかなり困難であること、等の真実を原告に説明すべき義務上の注意義務があつたのに(けだし、仲介人が会社組織である場合には、依頼者はその担当者個人に対して信頼をおくものだからである。)、これを怠り、原告に、本件土地の範囲が本件斜線部分と本件赤色部分とであり、したがつてその公道に接する幅(間口)は一・八三メートルであること、本件路地状部分の最狭部分も一・八メートルであること、本件土地上に建物を適法に建てることは可能であること、等の誤つた説明をして、原告をしてその旨誤信させ、その誤信に基づいて本件売買契約を締結させるに至らしめたものであるから、被告本位田には右注意義務に違反する過失行為(不法行為)があつたことは明らかであり、被告本位田は、民法七〇九条により、本件売買契約の締結により原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

(2) また、被告杉坂建築事務所は、被告本位田の右不法行為が被告杉坂建築事務所の職務の執行につきなされたものであるから、民法四四条により、原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告臼井及び被告ケーディエスの責任

(1) 売主被告ケーディエスの代表取締役であつた被告臼井は、たとえ、被告杉坂建築事務所に本件土地の売却の仲介を依頼しており、本件土地に本件赤色部分が含まれていないことを示す地積測量図や公図の各写等を被告杉坂建築事務所に交付していたとしても、本件土地はその公道に接する部分がわずかに一・二三メートルであり、本件土地のみを申請敷地とした場合には本件土地上に建物を適法に建てることはほとんど不可能であつたのであるから、しかも、原告に交付された前記重要事項説明書にはその「敷地等と道路との関係」欄になんらの記載もなく、図面の添付もなく、前記西川豊和もなんら説明をしなかつたのであるから、本件売買契約に立ち合つた売主の担当者として、本件売買契約の締結に先立ち、右のような土地をあえて買おうとする原告に対して、果たしてその認識に誤りがないかどうかを自ら確認すべき注意義務があつたものというべきである。

しかるに、被告臼井は、これを怠り、前記認定のとおり、被告本位田または被告杉坂建築事務所から原告に対して、本件土地に本件赤色部分が含まれていないこと、したがつて本件土地の公道に接する幅(間口)が一・二三メートルであること、本件土地のみを申請敷地とすれば本件土地上に建物を適法に建築することはほとんど不可能であるが、本件土地と本件九六八番四三の土地とを一体として申請敷地とすれば本件土地上に建物を適法に建築することは可能であろうこと、等は既に説明されているものと考え、本件売買契約締結の際に原告に対してなんら説明及び確認をしなかつたのであるから、被告臼井には右注意義務に違反した過失行為(不法行為)があつたものといわざるを得ず、被告臼井は、民法七〇九条により、本件売買契約の締結により原告が被つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

(2) 被告ケーディエスも、被告臼井の右不法行為が被告ケーディエスの職務の執行につきなされたものであるから、民法四四条により、原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

2  損害

そこで、原告の損害につき検討する。

(一) 鑑定人若林真作成の不動産鑑定評価書によれば、本件土地が一・二三メートルの幅でしか公道に接しておらず本件路地状部分の最狭部分もその程度の幅でしかないとした場合、本件売買契約当時の本件土地の価格は一億三一三〇万円(更地価格の五〇パーセント)であつたと認められる。

したがつて、これによれば、本件売買契約の代金額二億四〇〇〇万円とその三パーセントにあたる仲介手数料七二〇万円との合計額から右一億三一三〇万円とその三パーセントにあたる三九三万九〇〇〇円との合計額を控除した残額一億一一九六万一〇〇〇円が原告の一応の損害と算出される。

(二) しかしながら、前記認定のとおり、<1>原告は、その自宅建物を建築するにあたり、その敷地を本件土地と本件九六八番四三の土地とする建築確認申請をし、右確認申請に対しては、本件九六八番四三の土地の現況が通路であつたこと等から、適法に建築確認処分がなされており、現在、原告は右自宅建物に居住していること、<2>本件九六八番四三の土地は、その所有者山本勝美の使用状況や周囲の状態からみて、単独で売却譲渡される可能性は少なく、原告においてその所有権ないし使用権を相当額で右山本勝美から取得できる可能性が全くないわけではないこと、を考慮すると、たとえ、将来において本件赤色部分が通路としての現況を有しなくなつた場合には現在の原告方建物が違法建築となり、その場合には新たに建物を適法に建て替えることがほとんど不可能であるとしても、なお、現在右<1><2>の事情を本件損害額の算定にあたつて考慮せざるを得ず、そうすると、原告の損害は前記一億一一九六万一〇〇〇円の約八〇パーセントにあたる九〇〇〇万円と認めるのが相当である。

なお、ちなみに、前記鑑定人若林真作成の不動産鑑定評価書では、本件赤色部分について原告に使用権がありかつ本件路地状部分の最狭部分の幅も一・八メートルであるとした場合の本件売買契約当時の本件土地の価格は二億二〇五九万円(更地価格の八四パーセント)であつたとされている。

(三) 被告らは、「原告は本件赤色部分の通行地役権を有しており、原告に損害はない。」旨主張するが、本件九六八番四三の土地が生ずるに至つた経緯等を考慮しても、右事実を認めるに足りない。

(四) また、被告らは、「将来においても、本件土地と本件九六八番四三の土地とを一体として申請敷地とすれば、建築確認処分がなされることは確実であるから、本件土地上に建物を適法に建築することは可能であり、原告に損害はない。」旨主張する。

たしかに、建築基準法六条一項に規定する建築確認処分は、申請にかかる建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(建築関係規定)に適合していることを公権的に確認する行為であり、申請書を受理した建築主事は、申請にかかる建築物の計画が建築関係規定に適合しているか否かを審査すべきものであり(同法六条三項)、建築主事は、建築予定地たる申請敷地に対して当該建築主が真実所有権や賃借権等の実体上の使用権を有しているか否かを審査すべき権限はなく、また、その義務もなく、ただ、申請敷地が存するか否か、公道が存するか否か、申請敷地が接道義務を充たしているか否か等の外形的事項について審査すれば足りるのであつて、そして、建築確認処分がなされたからといつて、当該建築主にその申請敷地に対する実体上の使用権が発生するわけでもなければ、それが付与されるわけでもないのではある。

しかしながら、将来本件赤色部分が通路としての現況を有しなくなつた場合においては、もはや本件九六八番四三の土地を敷地の一部として建築確認申請をしても建築確認処分はなされ得ない理であり、また、仮に本件赤色部分が現況のまま通路として存続していたとしても、本件路地状部分の最狭部分が約一・五七メートルないし約一・六五メートルである以上、建築確認処分のなされることはかなり困難であろうから、いずれにしても、被告らの右主張は採用することができない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、九〇〇〇万円とこれに対する最後の代金支払日である昭和六二年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は失当として棄却することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 内田計一 裁判官 真鍋美穂子)

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